ACミランに所属し、クロアチア代表であるルカ・モドリッチ選手は卓越したテクニックと戦術眼を併せ持ち、右足のアウトサイドから繰り出されるパス・シュートは芸術とも呼べるような軌道を描きます。
そんなルカ・モドリッチ選手はスーパースターですが、貧しかった過去があるというのは本当なのでしょうか。
そこで今回は、ルカ・モドリッチ選手と妻の馴れ初めや子供、貧しかった過去について調査します。
ルカ・モドリッチと妻の馴れ初めや子供について!
ルカ・モドリッチ選手は世界最高のMFの1人と言われています。2018年には世界最高のフットボーラーに贈られるバロンドールを受賞しました。
ルカ・モドリッチ選手は世界的ビッククラブであるスペインのレアル・マドリードで、UEFAチャンピオンズリーグやラ・リーガなどのクラブタイトルを獲得し、現在はイタリア・セリエAのACミランで活躍中です。
ルカ・モドリッチ選手が40歳を超えても活躍できるのは、奥さんの存在が大きいとされていますが、馴れ初めは何なのでしょうか。
仕事を通じて出会う
ルカ・モドリッチ選手の妻はヴァニャ・ボスニッチさんです。2人が出会ったのはルカ・モドリッチ選手がクロアチアの名門クラブであるディナモ・ザグレブでプレーしていた頃でした。
妻・ヴァニャさんはスポーツエージェント事務所で働いており、仕事を通じてルカ・モドリッチ選手と知り合ったことがきっかけだったとされています。
サッカー選手と関係者という立場で出会いましたが、次第に信頼関係を築き、交際へと発展していきました。
2010年に結婚
ルカ・モドリッチ選手と妻。ヴァニャさんは数年間の交際を経て、2010年に結婚します。
結婚当時、ルカ・モドリッチ選手はすでにクロアチア代表の中心選手として活躍しており、イングランドのトッテナム・ホットペッパーでプレーしていました。
そんな多忙な時期でも2人は強い絆で結ばれており、結婚後も夫婦仲の良さがたびたび話題になっています。
公私で頼りになるパートナー
妻・ヴァニャさんは単なる奥さんではなく、ルカ・モドリッチ選手のキャリアを支える重要な存在として知られています。
妻・ヴァニャさんは移籍や契約に関する相談相手になることも多く、精神面でも大きな支えになっているそうです。ルカ・モドリッチ選手自身もインタビューなどで家族への感謝を語ることがあり、妻・ヴァニャさんの存在が長年トップレベルで活躍できた理由となっているのではないでしょうか。
子供は3人
2026年6月現在、ルカ・モドリッチ選手と妻・ヴァニャさんの間には3人の子供がいます。長男のイヴァノくん、長女のエマさん、次女のソフィアさんです。
家族仲は非常に良好で、大会優勝や表彰式などの特別な場面では家族が一緒に登場することもあります。
ピッチ上では冷静な司令塔として知られるモドリッチ選手ですが、家庭では良き父親として子供たちとの時間を大切にしているようです。
ルカ・モドリッチの貧しかった過去も調査
今や世界的スーパースターとなったルカ・モドリッチ選手は、年俸が741万ユーロ(役13億7,000万円)となっています。また、全盛期の頃は2,188万ユーロ(役36億円)という年俸を受け取っていましたが、実はルカ・モドリッチ選手には貧しかった過去があるようです。
それでは、ルカ・モドリッチ選手の貧しかった過去について詳しくみていきましょう。
紛争地域で生まれ育つ
ルカ・モドリッチ選手は1985年9月9日に、現在のクロアチアにあたる地域で生まれました。
しかし、幼少期に旧ユーゴスラビアの解体に伴うクロアチア紛争が勃発し、平穏だった生活は大きく変わってしまいます。戦火が広がる中で人々は常に危険と隣り合わせの生活を送り、ルカ・モドリッチ選手も幼いながらに戦争の恐ろしさを経験しました。
本来であれば友人と遊び、のびのびと過ごすはずの時期に不安な日々を送ったことは、後の人格形成にも大きな影響を与えたといわれています。
最愛の祖父を失う
ルカ・モドリッチ選手の人生を語るうえで欠かせないのが、最愛の祖父を失った出来事です。1991年、祖父のルカ・モドリッチさんは武装勢力によって命を奪われました。当時まだ6歳だったルカ・モドリッチ選手にとって、この出来事は非常に大きな衝撃だったとされています。
家族は深い悲しみに包まれましたが、それでも前を向いて生きていかなければなりませんでした。後にルカ・モドリッチ選手は、祖父との思い出が自分を支える大きな力になっていると語っており、その存在は今でも心の中に生き続けています。
難民生活をしていた
戦争によって住んでいた家を離れることになったルカ・モドリッチ選手一家は、避難生活を余儀なくされました。一家はザダルにあるホテルを改装した難民施設で暮らしていたとされ、決して恵まれた環境ではなかったそうです。
周囲には同じように避難してきた家族が多く、不安を抱えながら生活していました。そのような状況でもルカ・モドリッチ選手はサッカーへの情熱を失わず、ホテルの駐車場や空きスペースでボールを蹴っていたといわれています。この経験が後の技術や精神力を育む土台となりました。
挫折を経験した少年時代
ルカ・モドリッチ選手の家庭は決して裕福ではなく、幼少期は厳しい生活を送っていました。
しかし、そんな環境の中でもサッカーだけは特別な存在だったそうです。ボール一つあれば夢中になれたモドリッチ選手は、毎日のように練習を重ねました。当時は体格が小さく、指導者からもプロとして成功できるか疑問視されることがあったといわれています。
それでも努力をやめることなく技術を磨き続けた結果、徐々に才能が認められ、名門クラブの下部組織へ進むチャンスを掴みました。
世界最高の選手へ
現在のルカ・モドリッチ選手は、レアル・マドリードでの活躍や、2018年のバロンドール受賞など、世界最高峰の選手として知られています。
しかし、その輝かしい成功の裏には戦争や貧困、難民生活といった過酷な経験がありました。幼い頃から困難を乗り越えてきたことで、プレッシャーに負けない強い精神力や努力を継続する力が身についたのではないでしょうか。
モドリッチ選手の物語は、才能だけでなく諦めない心が成功につながることを証明するエピソードとして、多くの人に勇気を与えています。
まとめ
今回はルカ・モドリッチ選手と妻の馴れ初めや子供、貧しかった過去について調査しました。
ルカ・モドリッチ選手はクロアチア代表として、北中米ワールドカップにも出場しており、チームの中心を担っています。北中米ワールドカップがラストとなると思われるので、ルカ・モドリッチ選手の1つ1つのプレーに注目していきましょう。










